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2015年3月7日土曜日

F1 横浜市街地/横浜での市街地レース構想

F1夢のレース横浜で/スリル満点!300キロ市街戦/ 
あのモナコの興奮が…/62年8月に「青年会議所」が誘致/13日に正式提案国際モータースポーツの最高峰「F1グランプリ」を、横浜で開こうと準備が進められている。計画しているのは、あの長島さんを大洋ホエールズの監督にと、熱烈なラブコールを送った横浜青年会議所(浅利治理事長)。十三日の総会で正式に提案されるが、二年後の六十二年八月、横浜スタジアムから、山下公園にかけての市街地道路をコースに組み入れて、港YOKOHAMAにふさわしい世界的イベントにしようと意気込んでいる。(以下略)(東京中日スポーツ 1985年7月6日 1面)

70年代後半、富士スピードウェイで開催された日本でのF1が途絶えたが、その後も諦めずにF1を日本で開催し続けようと努力する動きがあった。
当時は横浜の他、後にF1日本グランプリが開催される鈴鹿サーキットや富士スピードウェイなど日本GPへの誘致は各所で行われていたという。
その中でも、この日本の大都市で行われる市街地レースは関心を引いた。
横浜市街地でのF1日本GP開催は1983年に横浜青年会議所から構想が浮上し、そこから本格的に計画は進行した。
1983年は丁度同時期、別府市街地での全日本F2の開催が検討されていた時期でもある。
同時期に日本の都市での市街地レース開催の機運が一部で高まっていたのである。

横浜青年会議所は当初山下公園前をホームストレートにするレイアウトを構想していた。
しかし、実際には神奈川県警や病院の正面を通っていたり、ピットロードや観客席などの設置が不可能だったようだ。
山下公園の周りで開催するプランはそもそも実現するにはあまりにも困難だった。
横浜市金沢区の工業団地、港北ニュータウン、大黒埠頭などが検討されたが、どれも騒音問題などがネックとなり選定は困難を極めた。

(横浜スタジアム・山下公園周りでの案 [カーグラフィック 2006年1月号])

そこで新たに提案されたのがみなとみらい地区である。
みなとみらい地区は三菱重工の造船所や国鉄の貨物駅、操車場などが存在した埋立地の再開発で建設された街である。
当時は着工されてから間もない頃であり、街どころか土地も全く完成していない状態である。
公道サーキットには様々な条件も求められるが、まっさらな土地では自由度も高いであろう。
事実、みなとみらいでのレイアウトも幾つか思案され、最終的には日本のトップドライバーの監修を受ける予定があったという。

新しい街の発展や、国際都市としての横浜というPRも含めたみなとみらいでの市街地レース開催である。
当時のF1市街地レースへの視察や、横浜でのF1開催での経済効果なども試算され、F1のドン、バーニー・エクレストンとの交渉も進んでいた。

(みなとみらい21での一案 [カーグラフィック 2006年1月号])

しかし、1989年に横浜市制100周年、横浜港開港130周年を記念する博覧会、横浜博覧会の開催が決定。
みなとみらい地区を使用することで、F1開催が不可能になり運営側が延期を決定。
その他、公道を使用する事について警察からの難色も強く、様々な問題が山積みの中、同時期にF1誘致に動いていた鈴鹿サーキットでの日本GP開催が決定し、ついに横浜市街地でのF1レースの計画は潰えた。

横浜でのF1開催については日本評論社から出版された城島明彦著の"F1の経済学" に顛末が詳しく記載されている。
ここには当時のF1データや、同時に進行していた鈴鹿サーキットのF1誘致などの事も書かれていて興味深いので、絶版本ではあるが興味があればぜひ探してもらいたい。

横浜でのF1開催は消えてしまった。
だが、横浜での市街地レース開催は再び計画された。
2006年にアメリカのオープンホイールシリーズ、チャンプカー開催が計画されているという報道、更に2010年にはALMS(アメリカン・ル・マン・シリーズ)の開催が計画されていたという報道もあった。
チャンプカーに関しては北海道の小樽市での計画とほぼ同時期である。
だが、残念ながらチャンプカーはシリーズ自体がインディカーに吸収され消滅、ALMSについても組織が再編されたりと今となってはカテゴリー自体が消滅してしまっている。
これらに関しては横浜の市議会議員や有志団体によるロングビーチGP、マカオGPへの視察が行われたという。現在も市街地レース開催を目標に掲げ活動しているようだ。

2011年、日本で初めて公道を使ったフォーミュラ1のデモランを行ったのも横浜である。
このイベント開催には当時の横浜市長の後押しもあったという。

ALMSの計画では既にEVカーやHVカーを使ったエコ志向の自動車レースが提言されていた。
そこで時代が追いつくかのように2014年の秋からは電気自動車の世界選手権であるフォーミュラEが始まる。
フォーミュラEは電気自動車で行われるレース故に騒音や公害が少ないレースとして掲げられており、すべてのラウンドが市街地で行われるレースである。
日本に関係の深いチームの参戦や日本国内でのメディア展開から日本でのフォーミュラEレース開催も予想されているが、その中の候補として横浜の名が上がっているのもよく見受けられる。
事実、横浜市の公文書でもフォーミュラEの開催についての提言をしている文面も見受けられ、実際に誘致に向けて動き出しているとも言われている。

幻の横浜市街地グランプリが30年の時を経て現実のものになる…のだろうか。

-参考-
「東京中日スポーツ 1985年7月6日」
「F1の経済学」(城島明彦 日本評論社)
「カーグラフィック 2006年1月号」
http://f1express.cnc.ne.jp/interview/index.php?cat_id=241&teiko_id=155838#
http://www.townnews.co.jp/0104/2010/04/22/45114.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%A8%E3%81%BF%E3%82%89%E3%81%8421

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